ワーキングマザースタイル母が倒れました




2007年09月06日

母が倒れました

Posted by 湯河原こむぎ

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6/22の事です。さあて、夕飯を食べようと思ったらケータイがなりました。画面を見ると「母携帯」と表示されていました。一時間半前に会ったばかりなのになんの用だ?と思って「なあにー?」と出ると、知らない男の人の声でした。後には救急車のピーポーピーポーの音が聞こえていました。「誰?」と思ったら救急隊員の方でした。

さっき会った時、元気だったので「まさか交通事故?」と思いました。話を聞くと、母がお寺で、ご詠歌の練習中に、長くのばすパートを唄っている時にパタッと倒れたとの事。酸欠かと思われたが、冷や汗を出しいびきをかいて寝ているので酸欠ではない様子。今は意識もあり私達の質問にも受け答えしている。A医院にかかっていると言っているが、何の病気でかかっているかわかりますか?・・・という事でした。

いびき?冷や汗?それは脳の病気に違いない。私の父は42歳厄年、私が6年生、母が34歳の時に脳出血で亡くなりました。その時に母が病院に行くと、父は大きないびきをかいて寝ていた・・と何度も何度も母から聞いていました。

私の家から5分ほどの総合病院に向かっていると言うので、駆けつけました。

病院に着くと、すでに母はストレッチャーのまま救急室に入っていました。入り口の扉が開いていて、先生の質問に受け答えする母の声が聞こえました。「よかった~。話してる。意識はあるんだー。」とほっとしました。

私と二番目の妹(妹A)が呼ばれ、説明を聞きました。病名は「心筋梗塞」。一度心臓が止まりましたが動き出しました。血液をサラサラにする治療を行い、血栓などを取り除くのですが、今、手足に少し麻痺が残っているので神経を損傷し、出血しているかもしれません。その確認のためにCTを撮ります・・・。

先生がいなくなってから、妹と二人「心筋梗塞?いびきかいてるって言ったら、脳じゃない?」とコソコソと話し合う。

結局、CTを撮ったら「クモ膜下出血」でした。お寺で倒れた時に一度目の出血が起こり、そして、CTを撮った後、二度目の出血が起こり、また意識がなくなりました。この時の母の顔は、この世のものではありませんでした。顔面蒼白、白目を向いて口は開いたまま、もう8割がた死んでいた。いろんな事が頭の中を駆け巡りました。たくさんの事をしてもらったのに、私はまだ何もしてあげていない。どうしてこんな事になっちゃったんだろう・・・・。

脳神経外科の先生は「手術が必要ですが、このままでは手術はできません。意識が戻るのを待ちましょう。廊下でお待ちください。」と言われました。

・・・いや、意識は戻らないだろう。連絡しないと。だって死んじゃうもん。電話しないと。・・・誰に?妹Aと妹B(三番目の妹)と「どことどこに連絡すればいいんだろ?お母さんに聞かないとわからないね。」・・・としばしぼうぜんとしながら、近所の人、母の友達、母の実家、父の兄弟に手分けして電話をしまくりました。

30分くらい経ったころか・・・「意識が戻りました。準備が整ったら、二階の病棟に移ります。」と看護師さんが知らせに来てくれた。まじで?戻ったって?本当に?

しばらくして、ストレッチャーに乗せられ、酸素マスクや点滴やモニターやいろんなものをたっぷりつけられた母が出て来た。目はつぶっている。頬には赤みがさして、まるで寝ているようだった。



病院に運ばれた、その日の夜から、母の意識はしっかりしていた。夜中に何度か回って来る看護師さんが「名前は?」「何歳ですか?」「今日は何日?」「住所は?」・・・と聞くいろいろな質問に、目は開けないものの、ゆっくりとだが、完璧に答えていた。

次の日に手術をすると「明日のお茶会、行けないからAさんに連絡して。」「25日に外科の外来の予約とってあるんだけど、それはどうしよう?」等、しっかりと話す。

「クモ膜下出血」と言う重い病気だったにもかかわらず、手術もうまく行き、その後、いろいろな紆余曲折がありましたが、順調に回復。手足の麻痺もなく、言語障害、意識障害、記憶障害もなし。8/4には、無事に退院出来ました。この人、5年前には乳がんになりました。「不幸中の幸い女」なんです。


「母の入院」・・・いろいろな事を考えました。

★人間、一寸先は闇。

倒れた日、母は日帰りの「さくらんぼ狩り」に行っていました。夕方私に電話してきて「さくらんぼ取りに来な~。夜は、ご詠歌でお寺に行っちゃうから。」と言いました。私は普通にさくらんぼをもらって・・・。その一時間後に倒れました。人間って何が起こるかわかりません。

母の入院中、夫の会社の人(年はかなりいっているが新婚さん)は、朝早く出勤する奥さんを、車で駅まで送った後、家に戻り、出勤前に心筋梗塞で倒れ亡くなりました。帰って来た奥さんが発見したそうです。

普通に別れて、そのあとに、二度と会えないなんて誰が想像するでしょう?母が倒れた時「あの時、さくらんぼを取りに行ってよかった~!」と思いました。よく母から「◎◎(大根だったりスイカだったり・・)があるから取りにおいで(実家までは車で5分の距離)」と電話をもらうのですが「え゛ーっ、今日は行けない~。土曜日に行く~。」などとよく言う私。もし、母が死んでしまったら、さくらんぼを取りに行かなかった事を一生後悔しそう。「さくらんぼ、ありがとう、じゃあねー。」と笑顔で手を振って別れた・・。よかったです。

子どもを学校に送り出す時、夫を仕事に送り出す時、笑顔で送り出したいものですね。これが永遠の別れにならないとも限らない・・・。そんな事がない事を祈りたいものですが。みなさん、ちゃんと玄関まで送っていますか?私は、いつも玄関まで行っていますよ。毎日笑顔ですか?と聞かれたら、「はい」とは言えませんが・・・(^^ゞ

★医師の人柄はとても大切。もちろん、こちらの人柄も。

今回、最初の循環器の医師の診断ミスにはムカッと来ましたが、その後、担当してくださった脳神経外科の医師二人がとても素晴らしい人でした。どんな事でもよく説明してくださり、ほぼ毎日(午前・午後の二回)、病室に様子を見に来て下さいました。あれやこれやと声をかけてくださるし、わがままな母の要求にも、できる事はしてくださり、無理な事は「それはできませんよ。なぜならこれこれこういうわけで。」と、ていねいに説明してくれます。私達家族もとても安心していられました。患者・家族と医師の信頼関係は、治療・治癒の上でもとても大切な事だと思いました。

★家族・姉妹がいてよかった。

私は三姉妹の長女です。乳がんの時もそうでしたが、今回も3人で交替でこまめに母のところへ行きました。3人ともほぼ皆勤賞でした。私は月に12日、妹Aは毎日仕事があります。妹Bは専業主婦ですが、1歳の子どもがいます。みんなそれぞれに忙しい。妹Aは単発で子どもを預かってくれる保育所を見つけ、午前中子どもを預けて、病院に行ってくれました。私も仕事がない時は、午後の早い時間から行きました。妹Aは、仕事が終わってから。不安な母を一人にしないようにしました。

また、それぞれの夫も、仕事が終わると、ほぼ毎日病院に寄ってくれました。いつの間にか、みんな仕事が終わったら母の病室に集まって、そこから家族連れ立って家に帰る・・・そんな毎日になりました。みんなが協力する事もとても大切です。看病、病院通いは、精神的にも肉体的にもかなりキツイです。三姉妹+その家族で分担できたのでキツイなりにも、ラクでした。

自分が高齢になった時の事を考えると、娘は一人っ子なので、かわいそうですね~。夫を看取ってから、自分は病気にならないように気をつけて、ぽっくり死のうと思います。・・・・そうはうまく行かないかも・・・ヾ(*゜▽゜*)ノ

★一時的なうつ状態を理解する。

最初から意識がはっきりしていた母ですが、はっきりしているゆえに、いろんな事を考え不安になります。
私達にしてみれば、こんな大病から生還できた事をありがたく思い「なんと幸せな事だ~。」と思うのですが、本人にしてみれば、数日前までは、自分で車を運転し、好きなところへどこへでもびゅーん!っと行っていたのに(6月はさくらんぼ狩り、5月は沖縄旅行に行っていた。旅行が大好きな母です。)、急に自分では何も出来なってしまった。トイレに行くのも看護師さんの手を借りて車椅子に乗せてもらい行く・・・。自分は家に帰れるのか?帰っても生活できるのか?腰が痛い、足が痛い・・・・そして「あの時に死んじゃえばよかった。」などと口走ってしまう母。「何言っちゃってんの?死にたくないのに死んじゃう人だっているのに、そんな事言うんじゃないよっ!」と私達は言ってしまいましたが、大病から回復途中には、よくこういう状態になるそうです。理解してあげないといけませんね。・・・って今だから思う私・・・。

★人は「運」に助けられる事も

母が倒れたと聞いた時、「さくらんぼ狩りで疲れているんだから、今日はご詠歌の練習休めばよかったのに。」と思いました。でも逆に「行ってよかった」のです。お稽古の仲間の前で倒れたので、すぐに救急車を呼んでもらえました。一刻を争う病気なので、本当によかったです。

母は、妹B夫婦+孫と4人で住んでいますが、実家をリフォーム中なので、一時的に一人暮らしをしていました。もし、ご詠歌に行っていなければ、一人で夜倒れ、誰も気づかずに朝になる。妹Bと孫が、朝、死んでいる母を発見する・・・そんな事態にならなくて本当によかった。やはり「運がいい」母。



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母も退院し、実家のリフォームもほぼ出来上がりました。私達姉妹とその家族が全部集まると9人(大人7人+小学生1人+1才1人)です。いつもみんな集まって夕飯を食べる時は、台所と茶の間に別れて食べていました。部屋は繋がっているのですが、段差がありました。今度は、広いLDKに全員一緒に座れるテーブルを置く事が出来ました。母が「みんなで一緒に座れるっていいね!」と言いました。ほんとうにその通り。「全員一緒に座れる」っていう物理的な現実と、「母も」ここに座っている・・・と言うこの上ない、ありがたいしあわせを神様に感謝したいと思う今日この頃。自分が年を取れば、親もどんどん年老いて行きます。一緒に暮らす時間って残り少ないかもしれません。親と離れて暮らしている人も多いと思います。前回会ったのいつですか?声を聞いたのはいつですか?時々は電話をしてみませんか?

本当にいろんな事を考えた一ヶ月半でした。子ども会の行事もたんまりで、本当に大変な一ヵ月半でしたの~。。゛(ノ><)ノ ヒィ・・・・長すぎる記事、最後まで読んでいただきありがとうございました。







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コメント

大変でしたね。お母様が無事でよかったですね。今日、実家の母が台風を心配して電話をかけてくれましたが、バタバタしていたのでさっさと切ってしまいました。ちょっと反省です。

Posted by: Nolly Chang at 2007年09月06日 23:13

お母さん、元気になられて本当に良かったですね。こむぎさんも、ご家族の皆さんも本当にお疲れ様でした。こむぎさんの記事を読んでいろいろ考えました。「人間、一寸先は闇」、自分自身もだし、家族も、友達もみんな、そう。そして「家族・姉妹がいてよかった」についても。我が家は一人っ子。うぅぅ・・・。いっぱい反省し、考えることが出てきそうです。

でも、でも、とにかく。
「おめでとうございます!よかったね!!!」

Posted by: hiromi at 2007年09月07日 01:05

本当に本当に大変でしたね。
でも、無事に退院されてよかったです。
後遺症がないというのはすごいですね。
おうちも素敵に出来上がってご家族みなさんで楽しく過ごせるというのは幸せなことですね。
でも、台風大丈夫ですか?

私は妹と二人、実家から遠く離れているので本当に色々心配なことがあります。
年ですし、持病もありますのでね。
姉妹そろってご実家近くのこむぎさんが羨ましいです。
電話は時々します、いつも長電話になってしまいます。

Posted by: ちゅうりっぷ at 2007年09月07日 09:09

こむぎさん!

こむぎさんのアップいつも楽しみにしています。お久しぶりのコメントの薫子です。バタバタしていて、ゆっくりのコメントがなかなかできずでごめんなさい。

今回のアップは、夏休みずっと久々実家で両親姉妹夫婦と過ごした日々で、私は姉妹の長女なのですが、30代半ば後半を迎える私にとっては、「色んなこと」を考えた夏でした。なので・・・、胸が詰まったと同時に、色々迷っていた事の決心がつけられそうです・・。

上手く言葉にできなくてすみません。きっと、お母様はこむぎさんたち家族の思い全て感じていらっしゃっるのだと思います。回復されてほんとに、ほんとに、良かったです。こむぎさんも、お疲れ出ませんように!。

Posted by: 薫子 at 2007年09月07日 20:00

一文一文、噛みしめながら読ませていただきました。
本当に大変だったと思います。
お母様が回復なさって本当によかったです。
何かと文句言っちゃう事が多いのですが、
家族が健康で生きている、その幸せに気がつきました。
ありがとうございます。

Posted by: みほっち at 2007年09月07日 22:50

みなさま、あたたかいコメントありがとうございます。感謝します~。

Nolly Changさま
ありがとうございます。
台風を気づかって電話をくれるなんて、優しいお母様ですね~。でも「ありがとう」って、なかなか言えないですよね~。私も、ここには「よかった」って本心を書きますけど、入院している間「わがままばかり言ってるな~!」と何度も怒りました~。

hiromiさん
ありがとうございます。「家を作っている間に健康を作っちゃうなんてすごい!」ってhiromiさんが励ましてくれた時、とってもうれしかったです。健康は出来たけど、家がまだ完成してなくて~・・・^^;

hiromiさんは、若いから、まだまだチャンスはありますよ。まだ一人っ子と決まったわけじやないよ~!

ちゅうりっぷさん
いつも心配してくださって、ありがとうございます。台風は大丈夫でした~。でも、橋が壊れたりとか周りでは大変でした~!

電話で声を聞くだけでも安心ですよね。二人とも遠いと心配ですものね。でもきょうだいがいるのは本当に心強い事です。その点、ちゅうりっぷ家には、立派な3人きょうだいがいるので、老後は安泰だね!

薫子さん
ありがとうございます。私も薫子さんの記事、いつも楽しみにしています。
夏休み、実家でワイワイ過ごせてよかったですね!今は、離れていらっしゃるでしょう?いろんな事を話せましたか?自分のきょうだいとはもちろん、いろんな事が話せると思いますが、それぞれの配偶者とも、なじんでおきたいですよね~。

年を取るといろいろと考える事が多くなって来ますよね~しみぢみ・・・。

そうそう、薫子家も三姉妹がいらっしゃるから、どんな事があっても3人でお母さんを助けてくれると思いますよ!

みほっちさん
今は、遠くはなれていて、みほっちさんもご両親も、お互いにいろいろと心配ですよね。「健康で生きている」・・・ただそれだけの事がこんなにありがたいなんて・・・と、今回の事で今さらながら気づきました。

うちの母は、よく留守電に
1回目「そら豆もらったから取りにおいで。」
2回目「そら豆もらったから取りにおいでっ!」
3回目「そら豆、早く取りに来ないと悪くなっちゃうよっ!」
4回目「そら豆、取りに来いって言ってるでしょっ!」・・・などとしつこく入れるやつなので「うぜーっ!」って思ったりしてたのですが、今は「生きててくれてありがとう」って思います。こんなにしつこいヤツでも~。

Posted by: こむぎ at 2007年09月10日 00:58

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