こんな時に読書なんて、という方もいらっしゃると思います。でも、こんな時だからこそ読んでほしい本です。
辰巳芳子さんといえば、単なる料理研究家の枠にとどまらず、齢80を超えて日本の食の未来のために奔走されている方です。「食べることは生きること」という辰巳さんの食の哲学は、母上である浜子さんから伝えられたもの。その浜子さんが、戦前・戦後の混乱期を振り返って綴ったエッセイを収めたのがまごころの人 辰巳浜子です。
まだ学生であるふたりの息子が次々と出征し、若くはない夫も満州の仕事へと駆り出され、嫁いですぐに戦争未亡人となった娘は婚家の両親と空襲の最中にある。自らも空襲に遭い、知人を頼った疎開先では慣れない畑仕事に追われる日々・・・。最初のエッセイ「私の『風と共に去りぬ』」では、平和な時代には想像できない状況が次々と降りかかる様が描かれます。そして迎えた終戦。無一文ながら、家族を呼び寄せ、焼け野原と化した東京に戻って、疎開先で覚えた畑を庭に作り、自給自足の道すじをつける浜子さん。いつ帰るともわからない夫を待ちながら、自分で作り出した食物と料理の腕を生かして収入を得、家族の生活を支える姿は、前向きに生きる強さ、たくましさにあふれています。
夜も昼もなく働く浜子さんは当時40代はじめ。今の私とほぼ同年齢ですが、その体力・気力には圧倒されます。けれども、その強さは結婚して複雑な人間関係に苦しみ悩んだ体験を乗り越えてのものだと浜子さんは書いています。人生のどこかで何らかの苦労は必ず体験するもの、それに負けるか、それともこやしにするか、浜子さんは後者のまさにお手本です。
住んでいた家を失い、生活の基盤のあてがなくなり、大切な家族とも生き別れになる。今まさに私たちが目の当たりにしている光景は、かつて多くの日本人が体験したことであり、その困難を生き抜いてきた人々が今日の日本を築いてきた。これまでも、知識としては知っていたことです。けれど、今だからこそ、この本を通してそのことがひしひしと身にしみます。そして、記された言葉のひとつひとつが確かな実感をもって心に響いてくるのを感じます。
多くの気づき、そして大いなる勇気を与えてくれる一冊です。