ワーキングマザースタイル子どもが重い病気にかかった時・その4・「医療の細分化に驚く」




2011年05月05日

子どもが重い病気にかかった時・その4・「医療の細分化に驚く」

Posted by 湯河原こむぎ

娘の病気は「筋肉が壊れる病気●●」+「自己免疫疾患(抗××抗体陽性)」だったようです。(「ようです」・・・っていうのもどうなのかな)

病名は「抗××抗体陽性●●」というものでした。

国立C病院では「●●」だけだったら治療できるけれど、自己免疫疾患の治療は出来ないという事で、横浜のD大学付属病院に移りました。

今回、医療がここまで細分化されている事にとても驚きました。


B大病院にいた時、娘のMRIを見ながら説明を受けました。

先生「筋肉は普通黒く写りますが、ほらここ、白っぽくなっていますよね。これは筋肉に何かが起こっていると言う事です。」
私「何か・・って、炎症とかですか?」(素人考えだと「炎症」とか「壊死」くらいしか思いつかない・・・)
先生「炎症ではないです。炎症だとすれば血液検査で炎症を表す数値が高くなりますが、さくらさんの場合はその数値は正常です。」
私「じゃあ、何が?」
先生「それはわかりません。」


9月に娘が足が動かない・・・もう歩けない・・・って言っていた時に「歩かないからだよ。少しずつでも歩かないと!」って心を鬼にして言っていました。

10月、C病院で撮ったMRIを見ながら先生から説明を受けました。

先生「お尻から太ももにかけて真っ白になっているでしょう?これが炎症です。ここまで真っ白だからだいぶきつかったでしょうね」
私「え゛っっ!?B大の先生は白いところには何かが起こっているけど血液検査の炎症の数値は正常なので炎症ではないって言ってました!」
先生「この場合の炎症は数値ではわからないんですよ。」

え゛え゛〜っっっ、まじですかっ。さくら、ごめんよ〜。歩かないせいじゃなくて炎症だったんだって。ごめんねー。

・・・というように専門外ではわからない事も多いらしい。と言う事にほんとびっくりでした。



そしてC病院でも「免疫抑制剤の治療は行っていない。」え゛え゛〜っっっ、そうなのー!?


D大学付属病院に行ったら、小児科部長が「C病院では『自分のところではこれ以上の治療は出来ない』とわかった時点ですぐにこちらに連絡をくれたのでよかったよ。時々、治療できないのに患者を放さない病院があって、ものすごく悪くなってからここに来る事がある。そういうのはとっても困るんだよねえ。」と言っていました。

娘から発見された「抗××抗体」というものは、非常に特殊な検査(血液検査)をしないとわからないものだそうです。偶然に発見されるものではなく「病気が快方に向わないのは抗××抗体のせいかも」と思って特殊な検査をしないとわからない。しかも現在の日本の医学では「あるorない」しかわからないんだそうです。これは、娘がもう退院してから「ここまでよくなったので抗××抗体の検査をしてみよう。でも、『一番具合が悪い時は数値がすごく高かった。今も抗××抗体は陽性だけど、ぐっと低くなってるよ』という風にはわからないんだよ。陽性か陰性かしかわからない。」と先生から説明されました。海外ではその数値がわかる国もあるとの事。娘の血液は保存されているので、いずれ解る日が来るかも・・・?との事でした。

・・・という事は、C病院の先生はきっと(直接確認したわけじゃないから憶測ですが)「抗××抗体」というのをご存知で「もしかしたら」とめぼしをつけて特殊な血液検査をしてくれたのだ。そこに気づくというのは、やはりすごいお医者さんなんだなと思いました(筋肉疾患の本なども出版されている人でした)。



その後、またまたびっくりしたのは、小児科部長が「抗××抗体陽性●●っていうのはうちの病院でも始めての症例です。」と言った事。え゛ーーーーっっっ!治せるの〜っっっ!?と不安になった私です。

これは私が勝手に考えた事ですが、病気には4種類あって
1・原因がわかっていて治し方もわかっている病気。
2・原因がわかっているけど治し方がわからない病気。
3・原因がわからないけど治し方はわかっている病気。
4・原因もわからなくて治し方もわからない病気。
娘の病気は3番。

●●という病気はどうしてかかるかは解明されていない病気です。もちろん「抗××抗体陽性●●」という病気も原因はわかっていません。病院にとって、それが初めての症例でも、似たようなケースの症例と治療法は同じなんだろうなと思います。(←憶測です)

たとえば「スギ花粉」のアレルギーと「ヒノキの花粉」のアレルギーの人の治療法は基本はそう大きくは違わないでしょ?たとえば「胃がん」と「乳がん」だと「悪い部分を取り除く」と言ったような。

そんな感じなんじゃないかなと思いました。あくまでも私の考えた事ですが。治療法は後に書いて行きます。



大学病院はチームで治療にあたります。B大では3人の先生が娘を担当しました。D大では「初めての症例」のせいか人数が多く、部長から研修医まで6〜8人くらい(把握しきれない)のチームでした。全員がいっぺんに来る事はありませんが、入れ替わり立ち替わり病室に顔を出してくださいました。そして治療をする時は、全員で話し合って方針を決めているようでした。

それを私達に伝えてくださるのは、一番話しやすい若い女医さん(E先生としましょう)。娘の気持ちや親の要望などをキメ細かく聞いてくださりながら、わかりやすく治療方法を説明してくれました。



横浜のD大学付属病院はもちろん完全看護。「24時間付添」からやっと解放されました。

C病院ではずっと娘と一緒にいました。精神的にキツイ時もあったけど、目の前で見ていられる安心感もありました。良くなるのも悪くなるのも自分の手の届くところでした。中三の娘とこんなに密接に日々を過ごす人も他にいないと思います。いろんな事をたくさん話し合えてとってもよかったと思っています。

今、一人では何も出来ない娘は「明日からおかあさんが家に帰っちゃうと思うとすごく不安。」と涙ぐんでいました。私は「大丈夫だよ。プロの看護師さんがちゃんとついてくれるから。それにおかあさんも必ず毎日病院に行くからね。」と約束しながら泣きました。

家から病院までは車で約1時間。仕事がある日は職場から電車で約2時間。毎日横浜に通う日々が始まりました。



子どもが重い病気にかかった時・その1・「始まり」
子どもが重い病気にかかった時・その2・「病名がわかるまで」
子どもが重い病気にかかった時・その3・「入院と付添と仕事」


その5・「娘の気持ちと母親の役目」に続く







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