ワーキングマザースタイル子どもが重い病気にかかった時・その7・「学校と受験と進学」




2011年11月10日

子どもが重い病気にかかった時・その7・「学校と受験と進学」

Posted by 湯河原こむぎ

またまた間が開いてしまい、申し訳ありません。湯河原こむぎです。

さて、今回は7回目。「学校と受験と進学」

娘は中三で病気になりました。

勉強が出来ないわけじゃないけど、人より時間がかかる。みんなと一緒にゴールするためには少し早くスタートしないといけない子。今まで私のエントリーを読んでくださっていた方はご存知だと思いますが、おばかさんではないものの、優秀な子でもなく「ごくごく普通の子」です。

2005年2月の記事
2008年3月の記事
2008年11月の記事
2010年5月の記事
↑こんな道のりを歩いて来た、娘と私です。

我が家では中学受験をさせる予定はなかったので、娘にとって人生で一番最初に自分の力が試されるのは高校受験。その時になって困らないように、直前になって慌てないように、本人が負担に感じないように、本人も気づかないうちに、早くから少しずつ少しずつ準備を始めていました。

小2から公文に行き、小4からECCに行って、中1の最初から塾通い。その甲斐あって、中三の一学期、「伝染性単核症の疑い」で入院し、期末テストの前日まで学校を休んだにもかかわらず、今までで一番良い通信簿となりました。(今、皆様の頭に浮かんだ「オール5」とかそういうのとはかけ離れていますから、誤解のないように。「一番よくなった」って言うのは、あくまでも「娘基準」なので。)

夏休みは塾の夏期講習にびっちり参加し、二学期も塾で懸命に勉強して、第一志望の高校に後期試験で合格する・・・予定でした。

そんな時に突然娘の身にふりかかった出来事でした。

10月から5ヶ月の長期入院となりました。もちろん入院当初は数週間で退院出来ると思っていました。ところがどんどん病気は悪くなり、入院は伸びました。10月からは塾にも学校にもまったく行けなくなりました。成績は下がるに決まってるし、希望していた高校に行けるはずもなく。だいたい受験できるかどうかもわからない。



娘とともに1ヶ月間入院していたC病院にいた10月、学校には週に一度電話で連絡を入れていました。

11月にD大に転院してからは、私も家に帰れたので仕事が休みの日の午前中に(午後は病院)何度も中学に足を運びました。



11月と言えばそろそろ志望校を絞り込む時期です。先生もさくらの状態と今後の進路をとても気にしてくださいました。校長先生は「長い人生のたった一年だから、一年間じっくり体を治して、一年遅れて希望する高校を受験したって全然かまわないんだよ。」と言ってくださいました。私達もそう思いましたが、娘は「絶対に友達と一緒に卒業して、絶対みんなと同じ4月に高校生になりたい。」と言っていました。


もちろん、今まで目指していた学校を受験するのは無理です。娘の目指していた高校は、二学期も三学期も塾の勉強もめいっぱい頑張って、後期でやっと合格(前期はきっとムリ・・)できる(予定)、娘にとっては難関校でしたから。病院の先生とも受験と今後の回復についての話もじっくりとしました。回復の見込みについてはまったく不確かで、いつどのくらい治るのかもわからない中での志望校選択でした。



いろいろと話し合って、本人がある意味一番行きたがっていた美術系の科がある高校を受験する事になりました。

「ある意味」というのは、まだ病気ではなかった5月。県立高校の合同学校説明会に行きました。その時に美術系の科があり、高校生でありながら地元の実際のイベントのポスター作製をしたり、自分の手で「もの」を創り出す事が出来るその学校に、娘はとても興味を示して「ここの学校に行きたいな。」と言って、自由時間に美術部の友達と二人で「個別相談ブース」に行って説明を聞いていました。しかし私は「ダメダメ、美術は大学に行ってからだよ。高校は普通科じゃないとダメ!」とあきらめさせた学校でした。

まだまだ病気の状態が今後どうなるかわからない中、普通科の高校に進学し、時々入院しなければならなくなったりした時に勉強について行けなくなるのもかわいそうです。でも大好きな美術関連の科目が多い学校なら趣味が同じ子が集まって来るだろうし、作品を創る事の楽しさを日々感じる事が出来そうな気がしました。もしかして病気が悪化して大学に行けないかもしれない。そんな事を考えると出来るだけ早く好きな事をさせてあげたいなと思いました。

(11月時点では)回復の見込みは不確かで、もしかすると最初の一年くらいは、車椅子、あるいは松葉杖が必要になるかもしれない。そうすると受け入れてくれる学校は限られて来るかもしれない。校長先生が志望校はもちろん、併願の私立にも何校か出向いて、直接先方の校長先生に娘の状態を説明してくださいました。本当にありがたい事です。志望校のお返事は「本当に勉強したい子に来てもらいたいんですよ。安心して来てください。」との事でした。ありがとうございます。ありがとうございます。(私立の方は車椅子という事で断られました。理由は「設備が整っていないから。」という事です。)



そして1月下旬。

横浜の病院から車椅子で直接学校に行き、前期試験を受けました。当日までに打合せのために二回学校に行きました。どの先生もとても親切で車椅子の事をよく考えてくださいました。「当日は車を停めてから建物の横へまわりスロープから入ってくだい」・・・と打合せしていましたが、当日学校に到着すると5人の先生がさっと外に出て来てくださり娘ごと車椅子を持ち上げて正面玄関から運び入れてくださいました。きっと前もって当日の段取り、動き方のシミュレーションをしてくださったのだな・・・という事がわかる素早さでした。また、帰る時も車のところまで車椅子を(もちろん娘こみで)運んでくださいました。

まだ合格したわけではないけれど、この学校なら安心して通わせる事が出来ると確信しました。

そして2月1日無事合格する事が出来ました。よかったです〜。



入院・そして受験。何事もなく生活していたら、わからなかった人々のあたたかさと、本気で娘の事を考えてくれる人がこんなにもたくさんいる事にびっくりしました。いろいろな人に支えられて日々生きています。

正直、病気や高校の事では、ぶつけどころのない怒りで泣いた事もあります。病院の行き帰りの車を運転しながら一人で泣いてました。・・・さくらはとっても頑張って来たのに。私だって頑張ってたよ。それに、3年間の塾代だって100万近くするじゃん。(あ、お金が惜しくて泣いたわけではありませんよ、わかっていると思いますが、念のため・・・。)

「元気で生きている事」がなにより大切なのに、世の中の人ってみんなその事を忘れていると思いました。ワーキングマザーのみなさん。いや、世の中のお母さん。お父さんも。勉強が出来ないとか、志望校に合格できなかったとか、学校で先生に怒られたとか、試合で負けたとか。そんな事なんでもないよ。その渦中にいる時は「自分が一番かわいそう」と思ってしまうけど。自分の足で歩けて、元気で生きている事がどれだけ大切か。それが出来なくなった時に初めて気づく。日々健康である事に、そして毎日周りで支えてくれる人達に感謝して生きようと思う。

卒業式は3月9日。その日に間に合うように3月7日に退院出来ました。きっちり合わせて来るところが几帳面なA型のさくららしいと思いました。本人がぶれる事無く言い続けていた「車椅子じゃなくて自分の足で歩いて、みんなと一緒に卒業する。」をみごと達成しました。あんたはすごい子だよ。

自分のよいところ

「私は二学期に大きな病気をしてとてもつらい経験をしました。
始めは泣いてばかりいましたが、泣いていても何も変わらないと思い
この壁を壊し、進んで行く決心をしました。
今の私は怖いものはありません。病気のつらさに比べたら
どんな事も幸せに思えます。
困難に負けず、頑張れることが私のよいところだと思います。」

娘が「自己PR書」に書いた「自分のよいところ」です。
おかあさんはさくらを生んでよかった。
病気になる前より20000倍くらい大好きです。

子どもが重い病気にかかった時・その1・「始まり」
子どもが重い病気にかかった時・その2・「病名がわかるまで」
子どもが重い病気にかかった時・その3・「入院と付添と仕事」
子どもが重い病気にかかった時・その4・「医療の細分化に驚く」
子どもが重い病気にかかった時・その5・「娘の気持ちと母親の役目」
子どもが重い病気にかかった時・その6・「医療費と保険」

その8・「夫婦の事と自分の事」に続く







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コメント

涙なしには読めませんでした。
さくらちゃん、とってもとっても頑張りましたね。(もちろんこむぎんも。)とっても強いです。
これからの人生で、この辛く大変な中頑張った経験は必ず生きます。
「元気で生きている事」がなにより幸せ、本当に、普段は気づかないけどその通りですね。
気づかせてくれてありがとうございます 。

Posted by: みほっち at 2011年11月10日 18:42

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