ワーキングマザースタイル ◆森マキ子



2012年03月20日

スリ対策にバッグ in バッグ


投稿者 森マキ子

海外生活12年うち、中国は5年近く、ついにスリにやられた。年末の出勤中のバスの中だ。被害は450元(感覚的には1万円くらい)とアナスイの財布。その日の夜、同僚と飲みに行くつもりだったので、普段は持たない金額を財布にいれてあったのが悔しい。なによりも出産の記念に購入したお気に入りの財布が残念だ。

会社に遅刻しそうだったので普段は避ける混雑したバスに乗り、財布から小銭を出して運賃(2元)を支払った。確保したのは降り口近くの場所。運転が荒いので両手で手すりにつかまり、立っているので精一杯。身体を押し付けてくる人物がいて、一瞬「え、痴漢?」と思い、いやいやここは中国だスリだよと、その人物(大きめの鞄を持った男性)と距離をとった。念のため確認すると鞄のチャックは閉まっている。バスを下車して立ち寄ったファミリーマートでパンを買おうとして、やっと財布がないことに気がついた。手口はまさにプロ。とりあえず出社して同僚から小銭を借り、銀行カードの停止手続きに向かった。とほほ。

後になって自分のミスが見えてきた。日本ではあまり必要のない注意点かもしれませんが、上海ではめずらしくない出来事。こんなところに気をつけてください。
⑴混雑したバスを避ける
⑵降り口付近に立たない
⑶財布を見せない(出さない)
⑷財布が取り出しやすい鞄=とりやすい鞄
⑸鞄はもちろんチャック付き、そのチャックを手でおさえる
⑹不必要な現金は持たない
⑺なるべく人と離れる

(3)について、現金ではなくプリペイド式の交通カードを使用することに徹底したい。観察していると中国人乗客はカードを取り出さず、鞄ごと機械に押し当てて清算している。私もカードを財布の中から鞄の外側ポケットに入れることにした。上海に観光で来る人はたいていこの交通カードを旅行会社から受け取るようだ。地下鉄、バス、タクシーにも使えるので便利。

(4)について、これからは別の視点で鞄を購入することになりそう。今まで使っていた鞄も使い続けたいので、対策としてバッグ in バッグを購入した。これは300円ショップのもの。この中に財布をしまう。財布は取り出しにくくなったけれど、安全度はアップしたように思う。

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(6)小銭と大きめのお札を別々に持っておくのもよいかも。 中国で一番大きなお札100元札は財布の中にいれず、鞄の内ポケットに入れることにした。

最後に皆さん、上海でスリにあってしまったら、さっぱり諦めましょう。警察に行っても時間の無駄です。できるだけ早くキャッシュカード等の使用停止の手続きをしましょうね。

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2012年02月26日

上海手帳事情


投稿者 森マキ子

新しい手帳を買って記事をアップしたいと思いつつ、年が明けてしまった。iPodを持ち歩いてはいるものの手帳はアナログ派だ。人と話しながら、すぐに書き込めるし、メモがわりにもなるし、手で書く作業も大切にしたいからだ。

上海で職場と自宅を往復する毎日。休日も我が家の怪獣2歳児を連れてショッピングなど、まず無理だ。帰宅の途中にあるお店に駆け足で立ち寄るしか買い物のチャンスはない。2011年も使っていたごく普通のカレンダーつきの手帳(ただし色は鮮やかなピンク)がまた欲しい。ところが日本だったらどこにでもありそうな手帳が、どこにも売っていない。

近くのローカル文房具店3 件ともなし。カレンダーのついていなメモ帳か、カレンダー付きだと大きなサイズの日記帳しかない。無印良品でようやくカレンダー付き手帳を発見するが、カバーのカラーは白のみで、1年間お付き合いしたい色ではない。なになに一般の中国人は手帳を使わないわけ?(そんな気がしてきた)。会議の時、同僚はどうしてたっけ?どこにでも手帳が売っていて、小学生でも手帳使ってるなんて(私は持っていた)、日本人ならではだったのだろうか。日本人同僚から、南京西路の伊勢丹で購入できるいう情報を得た。中国人同僚からは「タオバオ(ネットショッピングのサイト)見たら?」との提案。いずれにせよ、どちらもちょっと面倒というわけで、春節の帰国まで待つことにした。ちなみにドイツに暮らしていた時は、手帳の購入に特に困ったといういう記憶はない。

1月末に実家に帰省して、近所の本屋に行くと、手帳売り場はまだまだ健在だった。どれもこれも使いやすそうで、おしゃれなデザイン。日本って「手帳パラダイス」と言ってもいいでしょう。今年は思い切って、マンスリーだけの薄い手帳にしてみた。まあ、なんだかんだデジタルも併用するからね。

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(写真)色は薄いピンクに。ちなみに隣は娘のプレスクールの連絡ノート。先生が、その日その日の娘の様子を書き込んでくれる。幼児用雑誌からアンパンマンのイラストを切り抜いて貼り付けています。

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2011年10月05日

長期有給休暇をとる!


投稿者 森マキ子

海外在住者にとっては、最大の楽しみ、かつ頭を悩ませる帰省。

上海から日本へは、距離が近く航空券が割安なこと、職場から年に一度航空券が支給される等といったことにより、年に1〜2度のペースで帰省している。しかし、夫の国ドイツへは、なかなか帰省できないままでいた。夫の両親からくるたびたびの催促。今年89歳になる夫の祖母に娘を見せてあげたいということもあり、娘の2歳の誕生日を目前に家族で帰省することにした。2歳までの子供は、大人の航空券の10%の料金で(ただし席はない)切符が購入できる。今、帰らない手はない。

とはいえ、長い休みのある留学生のころの身軽さとは大違いの現在。有給休暇の残りの日数や仕事の状況を考えながら日程を組まなければならない。結果、私は7日間の有給休暇と2回の土日をあわせて、11日間の日程を組んだ。往復にそれぞれ1日ずつかかっても9日間あれば、まあゆっくりできるだろう。

ドイツ人の舅と姑の有給休暇は年間30日。私たちの帰省にあわせて休暇をとるという。一方、私は年間12日。そして有給休暇というものがあっても使いづらいのが日本人だ。義理の両親のようには簡単にいかないだろう。夫は彼の仕事の都合も兼ねた帰省なので、問題はない。

休暇修得のおよそ3ヶ月前に仕事に関連している同僚に長期で休暇をとりたい旨をメールで伝え、探りを入れた。慌ただしい我が職場で11日間もの休暇をとるのは、かなりの勇気が必要だ。1ヶ月半ほど前になると直接上司に相談した。とにかく、いっしょに仕事している同僚に個別に事情を話し、仕事に影響がないか了解を求めるように言われた。同僚たちには海外で働いている者同士、少しでも長く帰省したいという気持は理解してもらい易かった。その後、具体的なフライトの時間を調べ、絞り込んだ日程を上司に伝えた。最後まで(立場上)上司はかなり渋ったものの(仕事がまわるのか不安だったようだ)、私はほとんど辞める覚悟で交渉し、なんとか了解を得ることができた。参考までに私のマル秘(実はしてた?)裏工作を書いておこう。

①とにかく上司、同僚よりも朝早く出社する
始業時間の30分前を目標に出社するようにした。出社したら、さっさと仕事を始め、同僚が来るまでに少しでも多くの(具体的に目に見える)仕事を猛スピードで片付けた。これによって「森さんは、ずいぶん朝早くから来て仕事しているのね」という印象が(本当はそれほどでなくても)与えられる。また、集中した朝の30分は、1時間の残業に値すると信じている。

②長期休暇を取った同僚の仕事を引き受ける
休暇中の同僚の仕事を、頼まれていない範囲も快く引き受けた。これによってこの同僚に休暇中の私の業務の代理をお願いしやすくなった。

③関係を作る
直接いっしょに仕事をする同僚には、機会があれば家族の話などをして、事情を解ってもらう、親近感をもってもらっておくと良いような気がした。幸い現在仕事にかかわっているメンバーは、私が妊娠する前からいっしょに働いていて、なにかとこちらの事情も理解してもらっている。

④上司の雑用、仕事の依頼などを快く引き受ける
誰か手があいている人がやってくれると助かるんだけど、といった業務を率先して引き受けた(結果、目がまわるような忙しさでしたが)。

校了がちょうど金曜日。就業時間の7時まで働き、その夜11時40分のフライトで出発した。空港に向かうタクシーの中での何とも言えない達成感と安堵感は忘れられない。続いては小さな子供連れでの長いフライト。これについては、次の機会に。

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2011年07月11日

働く母の母乳育児その2〜出勤編〜


投稿者 森マキ子

とにかく不安をかかえたまま上海に戻ってきた。母乳を与えた後に、さらに搾乳して冷凍保存をすることを試みたが、これは面倒なのと搾乳によって胸がよけいに張って痛いのとでやめてしまった。スーパーに行くと1缶200元ほどで輸入された外国製粉ミルクが、万引き防止タグつきで棚を占めていた。明治の粉ミルクも販売されていた。こちらで200元というとかなりの金額だ。高くても外国産の粉ミルクを与えたいという親の思いは同じだ。粉ミルクに使う水は妊娠中から飲用していたもの、日系の会社から取り寄せていた軟水を。これも割高だが子供のためだ。沐浴用の水は迷ったが水道水をそのまま使うことにした。浄水器の取り付けも見当したが「そんなに神経質になる必要なし」という夫の意見があったため。水道水が透明無臭で、そのまま飲めておいしくて、しかもその水で毎日お風呂に入れるだなんて、日本のすばらしいところだろう。ちなみに自分が慣れてしまったのかもしれないが、ここ数年間で上海の水道水の質は、ずいぶん良くなったように思う。

そうして1週間はあっというまに過ぎ、出勤の日が来た。
胸がデッカくて、しかも母乳の甘い匂いがしている。なんだか気恥ずかしかった。復職初日はなんと締め切り日。山のように仕事がたまっていて、それをそのまま、まかされた。いっしょに仕事をする同僚には「もう1日後で復帰すればよかったのに…」と同情らしき言葉をかけられたが、どうしようもない。産前産後休暇の4ヶ月間、ソフトをまるで使っておらず、ショートカットキーを探りながらもものすごい勢いで仕事をした。勤務時間内に終わる量ではなかったからだ。中国人女性同僚は赤ちゃんのことを聞きたいようだったが、話をしている時間がない。日本人同僚はあくまでクールに自分たちの仕事に集中していて、まあ職場がほぼ独身者の職場なので仕方ないのだけど、なんだか辛いな〜と思ってしまった。困ったことに初日は挨拶程度で帰宅するつもりだったので、うっかり搾乳機を持っていなかった。爆発しそうな胸を抱えて、正直泣きたい気持ちだった。夜7時を過ぎて、乳房はガチガチ、母乳パッドもパンパンに膨張して、そろそろ限界というところで、上司が「後は自分がするから帰っていいよ」と。「すみません。ありがとうございます」を連発しながらも「バカ、今頃気づいたの」と心の中では毒づいていた。とにかく大急ぎでタクシーで自宅に帰った。

自分も、妊娠して子供を産むまで、妊婦や赤ちゃんのいる生活がどういうものなのか、母親の体の状態など、考えたことがなかった。興味もなかった。おそらく我が職場の上司や同僚にとっては、まさに想像のおよばない世界なんだろう。甘えたいわけではないけれど、少なくとも自分の上司には状況を理解しておいてほしい、それには私が自分で説明をする必要があるのではないかと考えた。

復職2日目、上司に授乳/搾乳についてざっと話した。上司といっても相手は同年代の独身男性。照れくささもあって非常に説明しにくかった。しかし、なんだかたいへんなんだな…ということは伝わったように思う。仕事量はそのままで、1日6時間勤務にしてもらう約束を取り付けた。昼休みも休まず仕事をすればなんとかこなせるだろうと考えたのだ。

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2011年06月15日

働く母の母乳育児、その1〜職場復帰にむけて〜


投稿者 森マキ子

我が家のこふた(娘、1歳8ヶ月)にとって、夜眠る前のミルクタイムは至福の時間だ。何でも良く食べ、すっかり子供らしくなってきた近頃でも哺乳瓶+ミルクは特別なもののようだ。母乳を卒業してからもう半年が経つ。ずいぶ以前のことのように感じるが、母乳育児をしながら働きたいなと考えているママの参考になればと思い書き留めておきたい。

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日本の母乳育児を奨励している病院で出産したので、当然ながら母乳のみでの育児が始まった。幸い母乳はたっぷり出た。私は中国で定められている産休(産前産後合わせて4ヶ月)あけには職場復帰する予定だったので、もっぱらの心配事は、その後の授乳のことであった。

職場復帰後は、フリーランサーの夫が全面的に育児を担当することになっていた。母乳のすばらしさは認めるが、周りは粉ミルクに対する批判的な意見ばかり。ましてや(悪名高い)中国で粉ミルクなんて…と口々に言われる。
ドイツでも母乳育児の考え方は根強く、夫の友人の奥様からは、職場での搾乳、冷蔵保存、冷蔵配達を強く勧められた。うちの職場に搾乳できそうな清潔でプライバシーか確保されたスペースなどない。唯一搾乳できそうな場所はトイレの個室で、しかしそんなところで搾乳した母乳を子供に与えたくはない。
義理の母から昼休みに帰宅授乳してはどうかという提案があったが、当時職場から1時間と離れたところに暮らしていた。タクシーと高速を使っても30分はかかるし、授乳して往復となると昼休みの1時間では足りなくなる。それにいくら中国のタクシー代が安いと言っても毎日のことだとばかにならない。

日本の助産師さんに相談したところ、
「産後3か月も経たないで仕事だなんて、そんな、1年くらい休みなさい!」
と一喝された。
(今の私なら、母乳でも粉ミルクでもどちらでもいいじゃんと言い切れるが、当時の私は真剣に悩んでいたのである)

いったいこんな小さな赤ちゃんを置いて職場復帰などできるのだろうか?当時、フランスの大臣が産後すぐに職場復帰したことが話題となったが、これは特殊なケースで(彼女には資格のあるベビーシッターを雇う経済力も職場の理解もあっただろう…)一般ワーカーの私には参考にならない。ほぼ24時間母親を必要とする我が娘の存在に私のささやかなフェミニズムは木っ端みじんにくだけるしかなかった。結局のところ、男性が外で働いて、女性は家庭で子供を育てるのが自然で一番いいってこと、あなた、今頃気がついたの〜ともう一人の自分が言っているような気がした。
職場復帰するとなると通勤時間もあわせて1日10時間近く娘と離ればなれになる。自分でも娘がいとおしくて、それが辛くなったのだ。だからといって、仕事を辞めるわけにもいかない。自分が決めた人生のプランであったのにもかかわらず、当時の私は行き場のない複雑な感情で、夫に八つ当たりするしかなかった。

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2011年04月02日

被災地の方への活動〜上海編


投稿者 森マキ子

今回の地震は上海の職場で知った。午後、同僚が「日本で大きな地震があったみたい」と言い出し、ネットを使って情報を集め、報告しだした。にわかには信じられないような内容だった。帰宅してから夜更けまでニュースを追い、あまりの悲惨さに泣くしかなかった。


私は神戸の出身だが、阪神大震災当時はすでに大学生で地元を離れていた。私はぼろぼろになった神戸の景色を見るのが恐ろしく、また自分が行っても邪魔になると思い、震災からほぼ1年経って初めて帰省した。当時はインターネットも携帯電話もなく、高校時代の友人何人かとは今も音信不通になったままだ。あの当時、私がしたことは、被災した叔父叔母にセーターを買って送ったことと、わずかな募金をしたことだった。自分の無力さを感じずにはいられなかった。今でも、なにかもっと故郷のためにできたのではなかったかと悔やまれる。

さて今回の地震後、勤め先(日系)ではすぐに募金が行われた。在住の日本人による震災地への義援金募集もどんどん始まっている。私たちが気軽に募金できるよう具体的な活動をされている方々には心から感謝したい。私もうつうつとしていられない。先週末に娘と訪ねた2カ所の活動を紹介したい。

ひとつ目はPeas&Podsという上海在住の国際色豊かなママたちのグループが企画したチャリティバザー。このバザーの入場料、出店費用、ケーキの売り上げは、中国国内外の子供を対象とした活動に寄付されるようである。今回、日本人グループによる出店があり、この売り上げはすべて震災被災地のために日本赤十字へ寄付されるという。私は絵本を購入し、少しばかりの寄付もさせていただいた。このバザーの商品がなかなか良く値段もリーズナブル。もっと物色したいところだったが、子供がおとなしくしておらず、ゆっくり見られなかったのが残念だった。場所は、ホテル•ホリディ•イン。20元で利用できるキッズスペースやおむつ交換用ベッド(トイレ内)もあり、ママたち手作りのケーキも絶品だ。定期的には行われていないようだが、小さな子供連れで出かけても安心のお薦めイベント。
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写真はキッズスペースにて。あちこちでよく見かける「砂絵」。シールをはがして、色つきの砂をのせる。

ふたつ目はSAPPOROショートフェスト in 上海
札幌で行われているフィルムフェスティバル
のダイジェスト版を上海で紹介するというイベント。ドリンクの売り上げは、日本赤十字に寄付されるという。また、入り口には募金箱も置かれていた。入場料のかからないイベントなので、映画館に来たと思ってお金を寄付できる。こういう寄付の募り方、芸術もなにかできるということの現れのようで大歓迎。

お金では人の命も街も戻っては来ないけれど、寄付は現在上海にいる自分ができるベストのことだと考える。これからもこういう活動があれば、ぜひ参加していきたいと思う。

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2011年02月25日

父親育児〜我が家の場合


投稿者 森マキ子

多くの赤ちゃんにとって最初に覚える言葉は「ママ」であろう。我が娘の場合は「パパ」であった。

ちょうど1年前、娘は2ヶ月半、まだ首もすわらないのに私は職場復帰をしなければならず、在宅ワーカーの夫が全面的に育児を担当することになった。当時の私には、夫には赤ちゃんを安心して任せられないという思い込みがあったように思う。

夫は旧東独出身で、母親はワーキングマザー、家事は男性もやらなければいけないものという認識がもともとある。しかし、彼自身に家事に対する興味がひとかけらもない。雨が降っても洗濯物を取り込もうという発想がないし、料理をしている途中で火をかけていたことを忘れて鍋を焦がしてしまったことも一度や二度ではない(彼の名誉のために付け足しておくと買い出しに行くことはおっくうがらないし、あまり経済的ではないが凝った料理をすることはなかなか上手である)。そんな夫に赤ちゃんをまかせて大丈夫なのだろうか…と不安で仕方なかった。ま、ちょっと無茶苦茶な所はあるけれど、彼は父親である、母親との違いは母乳が出るか出ないかではないか!と自分自身に何度も言い聞かせた。

そして、私たちの人生の中でもおそらくもっともたいへんな生活が始まった。哺乳瓶の洗浄、殺菌消毒、ミルクの温度を確かめること、衣服の着せ方、おつむ交換などなど、数えきれないくらいこまごましたことをいちいち注意した。初めての子育てで神経質になっていた私に夫もよくぞ耐えてくれたと思う。女性の社会進出が進んでいる上海でも父親が赤ちゃんを連れているケースは、めずらしいらしく、夫は娘と散歩するたびに物珍しく見られた。また近所のおばさんたちも「男親の育児は不安。ちゃんとできているのか?」と思うらしく、娘が泣く度に玄関がノックされ、様子を見られ、なにかにつけ意見されたという。そんなこんなで1年経った現在、夫の成長ぶりには目を見張るものがある。まあ、いまだに彼が料理した後の台所は大爆発状態ではあるが…。

娘が14ヶ月になって、保育園に通うことになった。初日の朝、夫婦で娘を保育園に連れて行き、夫は午前中いっぱい娘の様子を見守ることになった。
「どんな感じ?」
と昼頃、職場から電話した私に夫はちょっと寂しそうに
「なんか、俺、必要ないみたい。おもちゃもたくさんあるし、保母さんも好きになったみたいだし、なんかいてもしょうがない感じだから、早めに引き上げたよ」
とのこと。パパもママもいない!と泣きわめく娘の姿を想像していた私たちは、ひょうしぬけした。まあ、ともあれ、こうして父親と娘の蜜月は終わりとなったのだった。

最近になって、ようやく「ママ」と言い出した娘。まだ「ママ」の意味がはっきりわかっていないようだけれど、静かに喜ぶ母親であった。
(2011年1月8日)

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2011年02月08日

春節の上海から


投稿者 森マキ子

中国は、春節のお休み中。旧暦のお正月だ。今夜は、お金の神様がやってくる!とかいう日で、外は盛大に花火があがり、爆竹が鳴らされている。お金の神様の気をひくためなら、「どんどん鳴らしまっせ〜」と、まあ、にぎやかだ。

振動に反応してバイクに取り付けた防犯装置が鳴りだしたりして、さらにうるさい。娘は、一度目が覚めて「ふえ〜ん」と泣いたけれど、ミルクをあげると、また眠りの中へ。なかなかたくましい。我が家もこれまで縁が薄かったけれど、来年は、ちょっとパンパンならしてみようかと思う。

屋根のすぐ上で花火が上がる。

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大晦日もなかなか賑やかだった。年越しの前後には、家の中まで火薬の臭いであふれ、外の空気は煙で白く濁り、空はずっと赤白く明るかった。空襲ってこんな感じではないかと想像する。密集した高層建築の間で、一般市民が日本の花火大会級の花火を上げるので、これでよくぞ大きな火災が起きないものだなと思う。マンションの高層階の場合、窓ガラスが割れることもあるらしい。

新年には、いろんな方から、携帯にショートメッセージを頂いた。干支をメッセージに取り込んだものが、面白かったので、倣って書いてみよう。
「ウサギのような優しさ、ウサギのような温かさ、ウサギのような健康、ウサギのような逞しさをこのサイトを見てくださっている皆様にお祈りします。新年が跳躍のウサギ年になりますように!新年快楽!」

ショッピングモールのデコレーション。
春節中は、人が少なくて、写真がとりやすい。

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中国パワーを体感したい人、非現実的な夜を体験してみたい人、ぜひ一度、中国で春節を過ごしてみてはいかがだろう。

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2011年02月04日

会社の忘年会から、カイシャとカゾクの関係を思う


投稿者 森マキ子

私の会社には毎年年末になると、忘年会と称して、社員全員で1泊旅行を行う。郊外の宿泊施設に大型バス数台で向かい、会議を行い、夜には宴会がある。宴会では各部署からの出し物がある。私の所属する部署では、ダンスパフォーマンスを行い、そのために練習をしたり、いっしょに衣装を購入したり、なんだかんだと楽しい思い出となった。いい年になって、しなければならない団体行動に少々とまどいを感じ、憂鬱になる社員もいないわけではないが、年に一度、いろんな部署の人と否応なく時間を共有したり話しあったりする良い機会である。

さてさて、メインの宴会も終わり、次は、ある社員の部屋が会場になって、お酒やらつまみやら持ち寄って飲むことになった。妊娠して以来、社内の飲み会にはほとんど出席できなかった私もひさびさに紹興酒などを飲んで、単身時代に戻った開放感を感じていた。
と、ある同僚が
「森さん、こんなに楽しいのにどうして家族を連れてこないんですか?」
と言う。
「えっっ、家族!?」
とまどう私のななめ前には、結婚したばかりの日本人同僚Hさんの奥様が、楽しげに会談されていらっしゃる。
「連れてきていいんですか??』
前を通り過ぎようとしたやはり日本人同僚Mさんも奥様連れであった。ちょっとお聞きしたところ、
「いや〜、今日は家のかみさんの誕生日なんですよ。そんな日にほったらかしにしておくわけにはいかないって、人事に話したら、じゃあ、奥さんも連れてきなさいって言われまして。」
とのこと。ちなみに奥様はどちらも中国人である。このあっけらかんとした同僚たち(日本人ですよ!)に私は深く感動してしまった。長く暮らした夫の祖国ドイツでならありそうだが、日本人社会で、会社と家族というのは永遠に出会うことがない世界ではないかい?(実態は知りませんが)それとも私が古くさいのかしら?
「来年は、ぜひ連れてきなさいよ!」
とみんなに明るく言われてしまった。
帰宅して夫に話したところ、
「今から宴会で何するか考えるよ!」
とずいぶん乗り気。本当に連れて行くかどうかは、私一人でゆっくり考えたいと思っている。

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2011年01月31日

森マキ子 プロフィール


投稿者 森マキ子

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森マキ子
30代なかば。中国上海市在住。

▷仕事
エディトリアルデザイナー

▷家族
上海でシルクスクリーンスタジオを立ち上げたばかりのドイツ人夫。i-podは必需品。
2009年生まれの娘。あだ名は、こふたちゃん(濁音ではないですよ〜)。生後14ヶ月から保育園に通う。音楽と絵本、食べることが大好き。

▷好きなもの&こと
(残念ながら妊娠出産後はどれも遠ざかっていますが…)
love アート!です(アート、映画、古寺、建築などなど)
活字キチです(主に小説と雑誌)
海外が面白い(海外生活は10年近く。海も好き)
体も動かします(バトミントン、ハイキング、散歩)
手作り大好き(縫い物&お菓子作り)

▷ひとこと
夫婦二人とも仕事をしながら家事育児を分担しています。常に時間に追われ、なかなか家族いっしょの時間がとれないのが悩みです。2010年(産後1年目)は、自分の健康を保ちながら職場での業務+育児+家事をこなしていくことだけで、いっぱいいっぱいでした。今年の2年目は、「精神的な社会復帰」をテーマに仕事、家事育児以外のことにも目を向けていきたいです。

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